| 全 般 |
この肥沃な土地に最初に住んでいたのはマオリ族の人々であり、この土地はその頃から人々にとって交通・交易の重要な拠点となっていました。
そこに1831年からヨーロッパ人が移住するようになると、この町は、当時ニュージーランド会社の役員であったペトル侯にちなみ、ペトルと呼ばれるようになりました。この町がワンガヌイと呼ばれるようになるのは、その23年後、1854年のことになります。
1870年代以降になると、橋の開通や鉄道の発達により、町は急速な成長を遂げ、1872年には自治都市となりました。また、この間に今日のワンガヌイを支えている産業・経済等、さまざまなものが形づくられていったのです。
|
 |
 |
| 産 業 |
ワンガヌイ地方は、ヨーロッパ人移住以前からこの土地を近隣部族との主要ルートとしていたマオリ族により、活気ある商業地域として発展していました。
1840年代のヨーロッパ人の移住とともに小麦の栽培が始まると、それに伴い、製粉工場などが建設されます。
1866年には、ワンガヌイ川を利用した郵便物や物品の輸送、旅客船等の汽船事業を始める 会社も現れ、1870年代に入ると、小麦工場・印刷業・醸造業・ビスケット工場・製氷業・毛織物工場や毛織物店などが次々と設立され、町は急速な経済発展を遂げることになります。
これらの産業のうちのいくつかは現在も存続しています。
|
|
|