議長(八木秀英)
質問順位2番。
質問内容1.町の商業政策を問う
2.福祉の充実を求める
質問者、勝呂正和議員。勝呂正和議員。
12番(勝呂正和)
それでは、通告に従いまして順次質問をさせていただきます。
今回は、一つは、町の商業政策を問うということと、もう一つは、福祉の充実を求めるということで、当局の所見を伺うということで一般質問をさせていただきます。
最初に、町の商業政策を問う、ちょっと大上段に構えてしまいましたけれども、趣旨は、一つは駅前商店街の支援策、それから、町の中から生鮮産品のお店、肉屋、魚屋、八百屋、そういう生活に直結する商店が消えていく、なくなっていく、そういうことについて、高齢者にとっては大変なことだというふうに言われておりますので、その点について伺っていきたいと思います。
まず、駅前商店街の支援策について伺います。端的にいきます。一つは、鮎壺踏切からの右折禁止、そのことによって駅前商店街の売上低下、あるいは、売上低下ということは、客が来なくなったということの一つに、踏切からの右折禁止が要因になっているということが、駅前商店街の店主の方々から意見が出されているということであります。そのことを、まず当局はどういうふうに考えているかということを伺いたい。
あそこを改良した目的は何だったのか、改良したことによる効果は何をねらっていたのかということ。それから、右折禁止が主要な原因の一つに挙げられているということですから、その代がえの施策は打てないものかどうかというようなこと。それらを含めて、当局の所見をまず伺いたいと思います。
議長(八木秀英)
都市環境部長。
都市環境部長(渡辺秀春)
お答えします。今、4点ほど御質問がありますので、順次お答えしていきたいと思います。
まず、売上低下の原因が、右折との絡みということでありますけれども、売上の低下、あるいは活気がなくなった要因の一つであることにつきましては、主観的な判断のもとではありますが、否定することはできないものの、そうであると一概に結論づけることは無理があるのではないかというふうに考えております。客観的数値等の把握をしておるならば、それに対してお答えできるわけですけど、先ほど言いましたように、客観的な中でお答えさせていただきます。
次に、改良した目的は何かということです。状況を想像していただければおわかりのように、下土狩から鮎壺間の交通渋滞を解消する、それが目的であります。その当時の現状としましては、センターラインのない狭い道路で、歩行者も、車等の通行がありますとなかなか歩きにくいと。特に、沼津市方面へのいわゆる主要県道ですので、朝夕の通勤等の車両が相当数ありまして、慢性的な渋滞が発生する道路という形になっておりました。それらを、不要な交通を排除することによりまして、下土狩駅前の買い物等で利用される方々の利便性を図る目的でした改良でございます。
次に、改良した効果ということでありますけど、当然、今述べましたように、不要の通過交通を排除したわけですから、その地域内に生活する方々の安全性が確保できたこと、また、商店街を利用する方たちにとって利便性が増したという形かと思っております。
最後の4番目の回答になりますけど、右折禁止を解除するのか、その代がえ策はどうかというお話でございます。まず、右折禁止につきましては、沼津市方面から下土狩駅前の方に入ろうとしますと、当然、交差点の中には、右折できる場合については右折レーン等があります。その右折レーンを設けるための、専門用語で言いますと、滞留長というものが1車線必要となります。そうしますと、大体6台ぐらい、道路構造によって違いますけど、5台か6台が、直進車両を妨げないようにという車線が必要となります。すると、現状、その車が、いわゆる踏切ですね、軌道敷の上にとまる可能性が大であります。まして、あの交差点は、全国的に例を見ない特殊な交差点であります。踏切が交差点の中にありますので、信号機優先ということで、踏切の手前でとまることはしなくていいということになります。そうしますと、列車の来る時間、急に信号機が鳴ります。その時に、軌道敷内に車があった場合、言わずと、どんな事故になるか、そのようなことが発生する可能性がある場合につきましては、当然、公安委員会の方の中では、右折禁止という交通規制をかけます。そういう形の中で、それに従うというよりも、地域住民の安全性を確保にしましても、右折禁止は必要であるというように思っております。
それと、それに対する代がえ策ということでありますけれども、あそこは、右折しようとするとできないわけですけれども、変則の一方通行というような形になっております。沼津方面から駅前に入ろうとする場合には、2つの方法があると思います。1つは、井出葬具屋の、もとのフジパンのところを左に行きまして、井出葬具屋の前のところから、逆に道路を横断した形になりますか、それを行って、右折して左折すれば駅前へ入れます。もう一つは、旧の中込商店、そこの部分を入っていけば、やはり商店街へ入れます。
先ほど言いましたけれども、目的のある方は、買い物をしようと思えば、当然どちらかの道を選択すると思います。逆に、北側方面の方は、今までは下土狩駅の方に下ったわけですけれども、稲荷中土狩線を鮎壺踏切に向かって左折すれば駅前に入れる、そういう状態でありますので、代がえの意味が、2車線である道路をつくるべきかどうか、そういう話でない限り、代がえ線は必要ないのではないかというふうに思っております。
議長(八木秀英)
勝呂正和議員。
12番(勝呂正和)
駅前の商店街の活性化の問題については、過去にもいろんな議員さんから提言もあったし、例えば西口をつくるべきだとかいろいろありました。確かに、あそこの改良といいますか、活性化のための施策については、いろいろ経過はあると思うんですね。それは、私の耳に入っているわけですけれども、結局、右折を禁止したというのは、都市計画道路との関連で、それから、当然、交通安全ということからされたと思うんですよ。商店街の活性化という観点であれを見た場合、やっぱり交通安全が優先されて、商業の振興、商店街の振興、そういうものが後方へ追いやられているんじゃないかというふうに思うんですよ。
代がえの施策を、やっぱり町としても、行政としても、いずれにしろ、あそこの商店街の人たちの顧客というのは、以前、あそこを右折して、あるいは役場の方から直進して入ってきたお客、それが大きな比重を占めていたと。売上の大きな部分、あるいは、商店街ですから、要するにお得意さんというか、そういう客を大事にしなきゃならないんですけれども、先ほど利便性と言われましたけれども、そういう人の利便性は後方に追いやられてしまったと。確かに、先ほど部長が言われたように、回ってくれば商店街に入れないことはないと。でも、そこまでして来ないと思うんですよね。
だから、何か代がえの施策をやっぱり考える必要があると思うんですよ。後で話は発展しますけれども、活性化の問題で、それだけが活性化の問題じゃないというふうに、私も後から言います。しかし、繰り返しになりますけれども、あそこで右折したことによって、商店街で、今まであの人もこの人も来てくれたけれども、あそこをやったおかげで来なくなっちゃったと。そのお客の人も、「ああなっちゃ、ちょっと行く気がしないよ、不便だよ」と言っているというふうに話を聞くわけですけど、いずれにしろ、交通安全が優先されて、商店街の振興は後回しになってしまった、おろそかになってしまったというふうに思うんですが、その点についてはいかがでしょうか。
議長(八木秀英)
都市環境部長。
都市環境部長(渡辺秀春)
私が説明不足だったかどうかなんですけど、決して、商店街をおろそかにするという考えではございません。先ほど言いましたように、商店街の方たち、旧の稲荷中土狩線ができる前までは、何とかこの渋滞を解除する方法、買い物しやすいような方法を考えようと、決して二、三年前に始まった話ではございません。歩道を広げようかどうしようかという話等も出ているわけです。
そういう中で、ちょうどこのところが、今、右折禁止になる話というのは、コミュニティセンターながいずみをつくるときと、下土狩文教線の改良事業、それとピュア、もとのヤオハンですね、その進出等に伴いまして、昔のままの現状の中で、果たして下土狩文教線を結びつけ、コミセンをオープンしていいのだろうかと、当然その辺は検討するわけです。
そういう中で、地域の方たち、いわゆる商店街の方、あるいは地元、近隣の区の方たちを交えまして、交通排除するために、全体の交通体系を検討したわけでございますけど、そのときに、稲荷中土狩線改良の話が浮上しました。浮上した中で、図上で交差点処理をする場合には、右折禁止が発生する。その当時から、商店街にとってどうなんでしょう、右折禁止になるけれども、地域の人たちはどのようにお考えになりますかという投げかけをしたことがあります。その投げかけをしている中で、先ほど言いました旧中込商店の箇所につきまして、道路を広げようという話が出てまいりました。ところが、地域に入ってみますと、「だれのために道路を広げるんですか」、それぞれいろんな意見が出ます。長泉町が、それを無理やりに、強制的に行うものではありません。というのは、地域のコンセンサスを図った中で、その方たちがどうしてもその道を広げようという考えがあるならば、町もバックアップするというような形で進んでおったわけでございますけれども、なかなか商店街、あるいは地域の方たちとコンセンサスがとれず、今のような状態になったということでございます。
したがいまして、商店街の活性化を妨げるのではなくて、逆にこれからそのような状況、今の形になるまで10年かかりました。平成2年から平成12年までかかっています。その10年間の中で、町としても働きかけはしておったわけでございますけれども、今の状態にならざるを得なかった、そういう状況でございますので、理解していただきたいと思います。
Copyright(C) 1997 長泉町役場 議会事務局 E-mail:gikai@nagaizumi.org
Last Update 2005. 9.26