議長(下山 登)
八木秀英議員。
17番(八木秀英)
今、部長の方から、現況に対する説明のようなものですけれども、ただ、歩道ですよね、何を主体にあそこの歩道を改良されたのか、ここのところが重要になってくると思うんですよ。要するに、いろいろな形の中で条件を満たさないのに、それを無理やり押しつけていけば、何一ついいものは生まれない形の中で、ただ莫大な費用をそこにかけたことになっちゃう。
それでは、部長にお伺いいたしますけれども、要するに、町の施策としては、弱者にやさしい道路づくりということですよね。弱者にやさしい道路づくり。あそこに手すりがありますけれども、両サイドに自転車が上るような形の中でスロープを設けるということは、手すりはどういう形の中で利用していくんですか。どういうような考え方の中に町は立って、手すりを設けているのか、その点についてお伺いをしたいと思います。
議長(下山 登)
都市環境部長。
都市環境部長(土屋秀明)
弱者にやさしい道路づくり、これは道路に限らず基本的な考え方としては、生活弱者、一般的なそういう方について、より利用されやすい道路、あるいは公共施設というのは、これ、当然ながら基本に持っているものでございます。
それから、手すりのお話でございますけれども、手すりは同様に歩行する際に、健常者であっても、体の御不自由な方であっても、その手すりを持つことによって、歩くのが少しでも楽になるというような考え方で、道路に限らず建物の中にも手すりを設けているものです。
議長(下山 登)
八木秀英議員。
17番(八木秀英)
要するに、手すりというのは、そういう形の中で歩行者が使う、緊急のときにつかまるものじゃないんですよね。そうすると、体を若干ひねりながら、その手すりをつかまりながら歩くということが、そんな変則的な手すりというのは、通常ないんじゃないのかな。通常手すりを設けるというのは、要するに弱者が、より手すりをつかまりやすい形の中で、構造というものはあってしかるべきだと思うんですよね。それをわざわざ弱者がつかまりにくいような形を町が選択したというのは、どういうことなのか。もうちょっとわかりやすく、だれでもリハビリのために体をひねりながら上るんだと。そのために、ここはこしらえてみたと。そういうような考え方も町にあったのか。手すりというのは、そういう物じゃないんでしょう。ただ手すりがついているから弱者に優しいあれじゃないんですよ。物がついていればいいというんじゃないの。それを使いやすくするための形というのが、本来の姿だと思うんですよ。ただ、そういうスロープがついているから、自転車が行けるからいいじゃないかと、そういうものじゃないんですよね。自転車のための道路じゃないんですよ。そこに手すりを設けてあるということは、要するに、改良することができなかったところへ何もかも押しつけて、全部そろっているからいいんだというものじゃないと思うんですよね。やはり弱者にやさしいという形の中は、どこに主眼を置くかということによって物は変わってくると思うんですよ。自転車という物を主体に置いたんだったらば、それでいいと思うんです。だけど、不自由な人がもっと不自由を強いられるような形での道路づくりというものは、これいかがなものかというような、私は視点に立ってお話をしているんですけれども、その点について、部長はどのようにお考えでしょうか。
議長(下山 登)
都市環境部長。
都市環境部長(土屋秀明)
おっしゃられますように、歩道、あるいは今回の歩行者用の階段、これは、少なくとも歩行者、歩く人が当然ながら大前提でございます。特殊なものとして、自歩道、自転車、歩行者両者が通れるような道路もございますけれども、その際にも、基本的には歩行者の優先をしながら、危険がないようにというような考え方で設けます。
今回の、その今の手すりでございますけれども、現地には、上り下りといいますか、両側に手すりを設けてございます。当然ながらどちらにということですけれども、歩行する際の歩行者に、手すりを必要な方もいるということで、手すりを設けてあるわけでございます。その中で、冒頭申し上げましたように、自転車もあわせて通れるような階段にしようということで、当初の目的どおりの形ではなかったわけですけれども、今、設けてあります。
手すりにつきましては、壁際についておりまして、要するに、自転車を押して上り下りする際に、自転車の、例えばハンドル、ペダル等がそこに当たらないように、危険がないようにということで、壁際についているわけでございまして、決して八木議員がおっしゃられますように、自転車を優先して、歩行者をないがしろにということではなく、歩行者も、自転車を利用する方も、両方の方が利用されやすいような階段をつくるように、一つの制約の中で、ああいう形にしているものでございます。
議長(下山 登)
八木秀英議員。
17番(八木秀英)
何もかもという形に、そこに無理があったんじゃないかと。要するに、先ほど私が言っているように、弱者という者が、より身近なところに手すりを持っていきたいわけですよね。要は、手すりにつかまりながら上がるんですよ。それが、体をひねらなければ手すりに手が届かないということがいいことなのかどうか、町はそこを目的としてやったのかどうかということになるんですよ。先ほど言いましたように。弱者に、リハビリの意味も含めて体をひねりながら上りなさいということですか。あれだと、部長のように背も高くて足の長い人は、それですっとやれば届きますよ。すっと手が届きます。だけど、すっと届くような健康な人は、そんな手すりを使いませんよ。ぴょんぴょん上っていく。転びそうになったときや、何かの拍子にすっとつかまるぐらいなものですよ。だけど、手すりを使って上る人というのは、手すりをより身近なところに持ってこなきゃなんないんですよ。この庁舎内でも、よく手すりを使って上がっている人いますよね。高齢者の方でも。若い方もいますけれども。それでも、そういう人たち、より身近なところにちゃんとつかまりながらやっているでしょう。体をこんな離して、ひねりながら手すりをつかまえるなんてことはあり得ませんよ。リハビリの場所じゃないんだから。やはり何でもかんでもつけていこうと。それで、これでそろったいい道路だという認識を持っているとするならば、これは大変なことではないのか。
当然、この質問が出たときに、それぞれの部長さんたちがその場に行かれたようでありますけれども、部長の方にその感想を伺いますと、部長のように考えている人は残念ながらいない。担当部長として、大変苦しい中で答弁をされているというのがわかるんだよね。要するに、あそこのポールそのものの位置も非常に悪いという考えの人もいます。手すりのあれはちょっとまずいという人もいますよ。やはり、これだけ担当の方が3人、4人見に行かれて、ただ、自転車を持って行かれたのは部長だけらしいんですけれども、ほかの人たちはただ歩いて、そこで見た時点でも、これはまずいなという状況にあるものが、町が高額な費用をかけてこしらえた結果がそれだということになりますと、費用対効果とか、今盛んにいろいろなこと言われますけれども、それこそとってつけたような話で、いや、自転車の通れる道をつけたからいいやと、そういうものじゃないと思うんですよね。本当に使い勝手をよく考えてやられたのかどうかという問題になると思うんですよ。ただ、自転車用のスロープをつけたからいいと。実際南側のあの急勾配の中を自転車を引いて上へ上がると、これ大変なことですよ。下がるならブレーキをかけながら下がればいいのかもしれないけれども。あんなところすいすい引いて上がるような人だったら、はっきり言ってあの歩道を渡りません。車道を自転車でどんどん上がっていきますよ。要するに、車道をすいすいと行けないような人たちが、自転車を引いて行けるようにするための跨道じゃなかったんですか。若い人たちは、あれ引いて上がれますよといいますよ。そういう人たち、引いて上がれるぐらいな人たちは、車道をそのまま自転車に乗って通れます。
私も、あの車道の方を自転車で行きます。ただ、たまたま苦情があって、「おまえ、自転車で行ってみろ」と言われたから、確かに自分で引いていきました。まず、北側から上がるときに、あのポールが大変邪魔でした。自転車は、確かにすーっと引いていけるけれども、おりるときも大変邪魔です。まず、位置に問題がある。確かに乗っていかないようにと考えたといいますけれども、それでも大変上りにくい、おりにくい位置にある。
南側については、もうこれとんでもない話だよね。部長、自転車をあの南側の部分のあの急斜面を引いて上、上げてみましたか。それで、これでいいと思いましたか。やはり、ああいう中で、あれでいいと思うということは、僕はちょっとなかなか理解しにくいな。要するに、自分ちがこしらえたものだから、何としても正当性を見せようと思えば、それは無理して上がれますよ。だけど、そういうこと一切関係なく、これが長泉町の自転車用の歩道だと思って、ただ自然に持って上がる人からすれば、これは何だと思うと思うんですけれども、ほかの部長さん、担当者の方たちが述べられたそれぞれの異なる意見があるんですけれども、その点について、担当の部長としてどのようにお考えか、お聞きしたいと思います。
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Last Update 2003.12. 5