議長(下山 登)
助役。
助役(杉山僖沃)
お答えいたします。
静岡県のファルマバレー構想への対応につきましては、この4月からやっと、県の構想推進役を担う組織として、ファルマバレーセンターが当町内のがんセンター内に設置されることとなりました。これも、決まるまでは、私たちのがんセンター周辺の土地利用に関する委員会の中でもいろいろ議論があったところでありますが、最終的にはがんセンターの中へ決まったということであります。
そういった状況の中で、ただいま大学の質問がありましたが、もちろん静岡県におきましては、ファルマバレー構想を検討している中で、いろんな大学や研究機関、あるいは企業との連携について、水面下でありますがいろいろと模索していることは想像するわけでございます。
そういう中で、現在、早稲田大学の理工学部と協調して、ファルマバレー構想を推進するための産・学・官の連携について可能性を探る努力をされていることは我々も承知しておりますし、本日の新聞紙上に、早稲田大学と県のがんセンターの協働で、産・学・官の連携を探る交流セミナーというのが近々開催されるというような報道がありましたが、現在では、まだその辺の段階のようであります。
いずれにしても、これからこのようなことがどう展開されるかということを、私たちもがんセンターの地元の町として期待を持ちながら注視してまいりたいというふうに考えております。
なお、既に長泉町としては、2年にわたって、がんセンター周辺だという優位性を生かした、ファルマバレー構想の受け皿としての土地利用の方向を検討しておりますので、御指摘のように、これからファルマバレーセンターが開設され、今後、構想が推進・展開される中で、長泉町のさらなる発展のために、積極的にそれらの土地を活用しながら努力してまいりたいというふうに考えております。
また、多機能型の、インター周辺の東駿河湾環状道路の周辺の土地利用の話が出されましたが、これは随分前でありますが、第2東名のインターの構想がまだ国から示されない前に、東駿河湾環状道路の計画がありまして、これでたまたま沼津市、長泉町、三島市、東駿河湾環状道路を生かした、将来どういうまちづくりをするかというような検討をしたことがあります。これは、県の補助金等をいだだいてやったわけですけれども、それは多機能型都市構想と申しまして、そういった幹線道路を生かして、将来、いろんな機能を持った都市をつくるべきだというような構想でありましたが、実は、その後に第2東名のインターが、ちょうどそこの構想をかいているところへ出てきたんです。第2東名のインターより前だったんですね。
それは、第2東名の周辺が、今は中断しておりますが、これを将来どうするかというような構想をその後つくっているわけですから、これらのことを生かしながら、第2東名のインターの周辺の土地利用のいろんな計画を練った経緯がございます。
いずれにしても、その当時のことは、多機能型都市構想というのは、そういうインターの周辺の構想の中で生かされているというようなことで御理解をいただきたいというふうに思います。
また、職員の話が出ましたけれども、言われるとおり、今後いろんな形で地域間の競争が激しくなります。もちろん、地方分権の中でのそういった競争が激しくなるということもありますが、ファルマバレー構想の展開にしても、県は非常に広範囲の話をしていますが、その中でやはり自治体はそれぞれ違うわけですから、それぞれ今まで競争してきたように、もっと激しく、多分いろんな競争の中に入っていくんだろうというふうに思います。
そういう状況でありますので、言われるとおり、職員もいわゆる守りの姿勢ではなくて、できるだけ多くの情報を持った、みずからが主体的に政策立案・推進に取り組む姿勢と、斬新な発想を持った職員を育てるように、今後、私たちも努めていかなければならないというふうに思っていますので、そんなふうに取り組んでまいりたいというふうに思います。よろしくお願いします。以上です。
議長(下山 登)
八木秀英議員。
17番(八木秀英)
助役が大変そつなくお答えになっているんだけど、やはり言うはやすし行うはがたしで、なかなか難しい部分もあろうかと思いますよ。ただ、当時、助役でなかったとき、自分が担当でこういうふうにやってきた部分の中で、大きなものを一歩一歩実現してきたわけですよね。
ただ、武田軍じゃないんですけど、あれだけの強大な力を持っていた武田軍さえ、武田信玄亡き後、同じ軍勢を抱えていても、勝頼になってしまったら、あっという間に滅亡してしまった。人々はそれぞれスタッフを抱えていても、その采配によっては大変なことになるわけです。
やはり、こういう重要な時期、次の人をどんどん育てるようなことをしっかりした形の中でやってもらわないと、助役という形の中で外れてしまったときには、大きなものを全部引っ張っていかなければならないから、やはりちょっと手の届かないところも出てくるわけですよね。そういう部分の中で、もうどんどん、それこそ失敗なんて恐れていたら何もできませんよ。こうやったらだめだろう、ああいう話をしたらだめだろう、そんなことを言っていたら何にもできないんです。
それで、先ほど、東駿河湾の周辺の部分の話もありました。あんな夢は、いろんな形の、ほんの夢ばかりで終わってしまっていますよね。そんなものは、何も責任をとっていませんよ。ただ、こうあるべきだというものを、町の方向というものをしっかり見据えた中で、それを一歩一歩やっていくことが必要なんです。まちづくりとはそういうものじゃないんですか。政治というものはそういうものじゃないんですか。大きな夢に向かって、一歩でも近づけていく、それを実現するために何をするんだと、まず実現するためのことを考えて、それでものをどんどん進めて、失敗なんて恐れていたら、何かできませんよ。あれをやったらできないかなと、待っていてできるなんていうことはありません。
がんセンターなんて、はっきり言って、スタートがみんなよりも3歩も4歩も早かったから、ゴールしたときにみんな物すごい勢いで追いついてきたけれども、1歩早く長泉町が着いただけですよ。事ができるのを待っていて「さあ、こういうものができました。スタートしましょう、それじゃ、取り組みましょう」なんていっても、全然できません。
これからは、先ほど私が言いましたように、熾烈な戦いがそれぞれ始まります。これは、あくまでも早稲田大学の部分の問題をただ取り上げて言いましたけれども、新たなものは次から次へ、大きなものが展開していきますよ。可能性は十分にあるわけです。そういうものに向かってやっていくのには、今までのようなぴしっとした決まり文句の中では、物事はできませんよ。実現するためにどうするかということを、もっと積極的なことで考えていく人材をぜひ育てていただきたいと思いますけれども、その点については、言葉だけではなくて、ちゃんとやっていくんだということを見せていただきたい。
議長(下山 登)
助役。
助役(杉山僖沃)
そのように、大いに努力してまいりたいというふうに思います。
議長(下山 登)
八木秀英議員。
17番(八木秀英)
今までの実績を持っている助役がそれだけのことを言うんですから、間違いはないというふうに信じて、私の質問を終わります。
Copyright(C) 1997 長泉町役場 企画広報課 E-mail:kikaku@nagaizumi.org
Last Update 2003. 7. 1