1番(古谷健次)
 次に移らせていただきます。
 次は、道路整備を問うという観点からお伺いをいたします。これにつきましては、先ほどと同じ場所になるわけでございますが、町道下長窪駿河平線の国道246号バイバスにかかる城山跨道橋の歩道拡幅に対する問題点でございます。当局も周知のとおり、県立静岡がんセンターの開院にあわせて、この町道の幅員16メートル道路が立派に完成をいたしました。両側には4.5メートルの歩道と7メートルですけれども2車線の車道が今完成をしたところでございます。城山交差点から東名高速道路にかかる跨道橋まででございますが、しかし、この城山跨道橋以外で16メートルあるわけでございますが、ここは通称フラワーロードという形で四季折々の花々が今後一段と利用者に愛され、利用されて楽しんでいかれるのではなかろうかと期待をしているところでございます。そんなわけで、周囲が余りにも最近変化をして変わってきております。今まで見えなかったもの、また気づかなかったことが最近見えてきました。
 というのは、安全・安心なまちづくりに取り組んでいる我が町の施策として、その跨道橋が幅員12メートルということであります。西側、この跨道橋だけが12メートル、ほかのところは、先ほど言いましたように16メートルで完成しておるわけでございますけれども、跨道橋の西側の歩道3メートル、そして東側が2メートル、今現在ございます。その現状下の中で、下長窪地先、また駿河平地先、また工業団地へ、また北小や長高への児童や学生が日増しに利用し、利用者もふえてきているのが現状でございます。そして、交通量としても、今後間違いなく増加するということで、これは周知のとおりでございます。特に、ここで心配されているのが、先ほど言いました西側の歩道3メートル、東側の歩道2メートルのその現状でございます。この現状について当局はどのように今現在のところ把握をされているのかをまず最初にお伺いをいたします。
議長(下山 登)
 都市環境部長。
都市環境部長(土屋秀明)
 お答えいたします。
 下長窪駿河平線は、今おっしゃられますようにがんセンターへのアクセス道路ということで工事を進めております。もともと下長窪駿河平線は町の中の北部地域の幹線道路という位置づけであります。現在の工事をする前は、特に今の跨道橋から北側につきましては、西側に3メートルの幅員の歩道、それと車道ということで、東側には歩道はございませんでした。それを今回の工事の中で、今おっしゃられましたように、西、東に4.5メートルずつの歩道部、それから中央に車道部が7メートルということで計画をし、現在工事がそろそろ完了を迎えるところでございます。そういうような中で、今おっしゃられました城山跨道橋につきましては、246の工事をする際にもともとありました町道が、246が低くなるようなので、橋をかけました。これが昭和57年です。それが今おっしゃられますように、車道につきましては7メートル、それから歩道部が西側、沼津側が3メートル、それから東側、御殿場方向側が2メートルということで、橋梁部分と現在進めております道路の改良工事の中で道路構成が違うということは承知をしております。
議長(下山 登)
 1番。
1番(古谷健次)
 今、部長にお答えしていただいたとおり、今の道路幅員が16メートル、跨道橋の部分が12メートルと。車道の2車線は現状変わりませんけど、歩道の分で狭くなっていると、そういうところでございます。それで、これについては、当然のことながら今までは気がつかなかったというか、今の現状がそれでいいという形で今まで進められてきた、使ってきた。というのは、ここで特に浮上してきたのは、確かにここは今の子供たちの歩道、北小、また長高への自転車通学、そして交通量が多くなる、そういう中で急に狭くなる、また広くなる、そういう部分があっていいのか。これでは事故が起こる原因になるんじゃないか。これでは安全、安心じゃないじゃないか。ということで、学校に行って、子供さんの御父兄の方々、近隣、またあそこを利用していらっしゃる方々からこれでいいのかや、そういう相談を受けながらこの問題を取り上げさせていただきました。実際にはこれでいいんだよというような、今部長の方の答弁でございますけれども、長高及び工業団地への誘致時から交通量が増加する、そして歩行者や自転車等の利用も予想されている、そういうことは当然ながら将来的にはなるだろうというところでございます。そういう中で、城山跨道橋の改良計画の話があったのかなかったのか、そこら辺のことからの経過をお聞きしたいと思いますが、お願いいたします。
議長(下山 登)
 都市環境部長。
都市環境部長(土屋秀明)
 長泉高校、それから工業団地、これは長泉工業団地だと思われますけれども、それらの誘致等の際に今の跨道橋部分の改良計画はなかったのかということでございます。先ほど申しましたように、あそこの跨道橋そのものは昭和57年に建設をいたしました。ちなみに、長泉高校の開校は昭和60年の4月、長泉工業団地については59年の3月に完成をしております。そういうような時間的な流れの中でですけれども、57年にあの跨道橋をつくる際に、車道部の7メートルというのは初めからの計画、それから歩道部につきましては西、東とも2メートルという案が最初出されたということでございます。その当時は、道路構造令の中で、自転車と歩行者が、俗にいう自歩道については2メートル以上という基準でございました。そういう中で2メートルというのがもとだと思います。しかし、長泉の北小学校への通学の児童、あるいは先ほど冒頭申しましたように道路の西側に歩道を設けてある状況からしまして、西側の橋の歩道部については道路部分と同様に3メートルの幅員で施工いたしました。それで、東側につきましては、その当時は、先ほど言いましたように、橋から北側については基本的には歩道部分がございませんでした。将来的なことも考えて、あるいは南側からその橋に来る分について歩道がありましたから、それも含めてですけれども、2メートルということで施工したものです。
 長泉高校の通学のことを考えてその後改良計画はなかったかということでございますけれども、先ほど申しましたように、自転車も通れる、歩行者も通れる道路としては歩道が2メートル以上という基準の中で3メートルを確保してあったために、長泉高校に通う子供たちについても、これで安全が図れるんではないかという判断のもとに、もともとありました跨道橋を改良する計画というのは、当時は現実なものとしては出てこなかったということでございます。

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Last Update 2003. 1.17