副議長(八木秀英)
14番。
14番(遠藤昭三)
やはりあいさつも教育の一環でございます。そういうことで、教育長の御答弁をお願いしたいと思います。
副議長(八木秀英)
教育長。
教育長(土屋郁夫)
先ほどから御質問をお伺いして、自分なりに思うことをひとつ答弁として申し述べたいと思います。
情報社会でございます。本当に毎日犯罪のない日はございません。暗いニュースの連続でございます。日々の生活の中におきましても、青少年はもとより大人に至るまで規範意識といいますか、こういう低下を感じる場面は数多く見られます。また、青少年に注意をしておる大人、こういう者も全くと言っていいほど見られません。そういう姿が今私は感じられますけど、注意をなさっている方は本当にまれに見るという現状でございます。そういう中で、逆に立派な行動をしている方も大勢いらっしゃいます。バスに乗りましても、あるいは地域に行って地域の美化活動に取り組んでいる方も目にいたします。私はそういうときには、青少年は褒めるということ。そして、一生懸命美化活動をしている人には感謝の言葉をかける心がけ、そして、そういう中に今言われておりますように、やる気を促してさらなる成長を期待していく。これが議員のおっしゃっている事柄だというように私は思います。したがって、自由には責任が伴うことを大人みずからが行動をもって子供に示すと、これが今私どもに求められていることだろうというように思います。そして、明るいまちづくり、あるいはだれもが住みたくなるまちづくり、この第一歩はあいさつからと。この議員の御指摘は全く同感でございます。
御存じのように、「挨拶」の漢字の「挨」は自分の心を開くということで、そういう意味を持っておるとも申されますし、「拶」というのは相手に迫るという意味があろうかと思います。そうしますと、まず自分の心を開いて相手の心をノックする。相手の心に迫っていく。これが中に含められている言葉であろうと。したがって、今町長がいみじくもおっしゃられました、自分の方から先にあいさつを、言葉をかけていく。そうすると、必ずそれは返ってくるという言葉をおっしゃいましたが、まず自分の心を開いて、そして相手をノックすれば相手が開く。このことではないだろうかというように私は今町長の言葉を聞いて、あいさつという原点を考えたときに、そのように思うわけでございます。
したがって、あいさつは先にということでございます。明るく温かい人間関係の構築はあいさつにある。しかし、日常生活の中で私は自分も含めて、特に身近な人へのあいさつに欠けている気がしてなりません。夫婦がうまくいかないのも、親子の断絶や近所づき合いのまずさなども、このあいさつの欠如にあるのではないでしょうか。身近な人から心を砕いていかなかったら、決してよい人間関係は開けてきません。父母、あるいは夫婦、親子、近所の人、顔見知りの人、勤務先の人、職場の人、取引先の人など、やはり進んであいさつできる人づくりが重要と考えます。したがって、議員、今あいさつ週間をというような御提言をいただきました。これは、私はむしろ身近な人から、そして学校は学校という中であいさつをしようという言葉がいつもかかっております。
また、私ども今県で地域の青少年に声かけ運動という運動が提起されました。教育委員会の職員は52名、自分で記名をして捺印をして、声かけ運動に、参加しております。長泉町の教職員1人1人署名して参加して、全員で209人、この県の運動に地域の青少年声かけ運動に参加しております。そういうことで、特にこの習慣をというようなことは、御意見としては承っておりますが、この呼びかけ、働きかけていく、こういう高まりを期待することの方がより大事ではないかと思います。御理解をいただきたいと思います。
私の考えを申し上げまして御答弁にかえさせていただきます。
副議長(八木秀英)
14番。
14番(遠藤昭三)
私と気持ちは一致したかなというのが……、しかし、やはり何事も1つの節がありますと、それによってまた次の節まで行くというようなことがあります。竹においてもちゃんとタケノコも次々に節ができて、しっかりこれを締めているという中で、やはり機会あるごとにひとつ学校、社会、その他においてもあいさつというものを敢行するように、その節目、節目において努力されることをぜひともお願いしまして、私の質問を終わります。
どうもありがとうございました。
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Last Update 2001.10.10