1番(安斎)
 次は、町長の諸般報告ということで、通告をしておきました。私、今回議会が始まる11月24日の16時までに、当初その諸般報告という形の中で出しておきましたので、その中の項目として、総合運動公園推進と国体会場の整備ということで提出をいたしました。もう、皆さんご存じのように、冒頭八木議員から始まりまして、下山議員・遠藤議員、それで結構、今いるんですけども、もう、ちょっと一杯出るくらい質問をされました。そこで実は、私は皆さんのお話を聞いた中で、違う話の中でのお話でございましたので、そのまま質問をさせていただきます。4項目に渡りまして通告を提出をいたしました。しかし今回、この通告をした内容に対して、当局が私にこの件に関して全然聞きにきませんでした。これは始めてでありまして、中身については全く確認されておりません。よって、私は自分の内容の中をこれから話をします。今回、いろいろ問題がございましたけども、この行政判断で今回なぜこういうふうに問題が起こったのかなあということは、私はここにあるのかなあと思いました。一つはグランドを整備する側、いわゆるこれは都市整理ですよね。これは町長部局であります。国体を準備する側、これ教育委員会部局であります。体育振興課の課内であります国体準備室ですね。この中で誰一人、今回の問題の中で自ら重大な局面に、自分の権限と責任をもとうとする窓口が無いことが私、分かりました。この件はこれから質問内容で質していきますけども。まず、町長の方に基本的な考え方について、お尋ねを申し上げます。実は、総合運動公園、いわゆる運動公園、運動公園の施設整備というものについては、町長もご存じのように、平成5年の2000年、総合基本構想の長泉2000年の中で、20年の計で今まで進めてきた経緯がございます。私も昭和56年の議員から町へ運動公園の設置につきましては最大限の努力を今まではらってまいりました。町民の間にもその必要性を希望し、また、この漸く総合運動場として設置建設を実を結ぶまで、大変な努力をされた方々もいるわけであります。最終的には平成に入ってから総合運動公園、要するに総合運動場としての形をなすわけでありまして、そして柏木町長自身も当初平成元年の選挙公約の中で、政治公約として約束を、運動公園の建設を約束をいたしまして、その後、具体的な立ち上がりを見せたわけであります。そして平成6年の4月に議会の中でも総合運動場建設に関する特別委員会を設置をいたしまして、私自身が自ら委員長として職をやらせていただきまして、約1年間をかけましてその場所・内容・整備手法などまとめあげまして、当時の平成6年の12月に町長に提言をしてきた経過というものは、もうご存じのとおりであります。この時の、まとめの提言の中で国体会場と運動公園の設置については勿論、国体誘致など、その時はまだ未決定でありましたから、その時期はね。これからの誘致いかんでは国体会場として併用整備するということは望ましいという提言をいたしました。あくまでも、国体のための総合運動場ではないというふうに確認をしているところであります。しかしその後、平成8年の3月に県立がんセンターの誘致が決まりまして、総合運動場という場所の地を後に決定をされたということで、総合運動場の建設の行方というのが、その時点においては混沌といたしましたけども、平成8年の3月の私の緊急質問、また平成8年の6月議会での一般質問において、総合運動場としての施設整備について町長が名言をされ、何らその政治政策という部分では変わるものではないということを今まで同じく繰り返してまいりまして、これを進めるものとされて、現在に至っていると解釈をしております。ただ一つですね、町長の答弁の中の、議会の中の答弁の中で、変わってきたのは国体イコール総合運動公園であるというような答弁がここ最近の議会でみられるようになるわけであります。今一度、総合運動公園の整備に係わる基本的な姿勢について、お尋ねをしたいと思います。町長に、その基本的な考え方、総合運動公園というものの基本的な考え方について、お尋ねをしたいと思います。
議長(遠藤)
 町長。
町長
 いろいろの今、平成5年当時の話題から出されたわけです。昨日だったですかね、申し上げました、私が長泉町長に1期目を就任したのは平成5年の10月10日でございます。皆さんご存じの、間もなく石川知事から、安斎議員からがんセンターという名前が出ましたので申し上げますが、平成6年の11月末だったかと記憶しております。静岡県東部へ県立がんセンターを造るぞという話が県議会で出たわけですね。ここにいらっしゃる議員の中にも、どうするんですかという質問を私いただきました。私なりに考えたわけです。その時には今お話の出ました総合運動場だったか、公園だったかは別として、その話題は私も承知していたわけですね。具体的に前町長時代から総合運動場を造るんだよというような話題は私も承知していたわけですね。したがって、前任町長が具体的に進めてくれなかったということでございましたけど。それはそれ、前任町長の事業を継承するのは、後輩の義務ということで私も考えておりましたので、運動公園場も造りますよということで、話題の出てますがんセンターの場所へ進めたことは事実ですね、ご存じのとおり。大体90%ぐらいは買収できたかなあという時期に、今お話のがんセンターの東部への設置の話が知事から出てきたということでございます。結果から申しますと、富士宮市をはじめとして、5市2町、長泉・韮山を含めましてね、厳しい誘致合戦をやったことはご存じのとおりです。私も、運動公園、運動場ということで、大体90%ぐらい買収してあった所をがんセンターに切り換えてお願いしていこうということには全く勇気のいたことでもございましたし、本当に思い切ってということでございます。考えた末に運動公園はまだ今後できると、しかし、がんセンターの候補、いうなれば誘致をここで頑張らなければ、もう未来永劫、ここへ来ないなあと。そうですね。静岡県でもがんセンターをあそこに一つ、ここに一つ、そんなに幾つかできるものじゃあないわけですね、金額からいきましても。そう考えまして、このがんセンターに場所を決めたことにつきましては、随分皆さんからも後で避難されました。俺たちに内緒でというようなことを言われたことも何回かありました。その都度、ここはじっと我慢していようと。結果が出て誰もがんセンター誘致を必要ないなんて言う町民はいないだろうということで、私はそれなりに町民の気持ちも察知して腹を決めさせていただいたわけでございます。それから、誘致合戦に入って、途中でちょっと新聞報道が何か若干ずれた関係もありまして、大変、県にも呼ばれて叱責されました。というのは大方の見方は長泉町が一歩リードかなあというような見方を県内の皆さんしてくれていたかなあということの想像です。と言いますのは、県知事が誘致にあたっての条件を五つ出しました。その五つの条件に合致しているのは我が長泉町以外にはないらしいなあということの判断は、私自身がさせてもらったわけですね。そんな矢先に今お話のちょっと古い記事を出されたもんで、もう県の、当時の保健衛生部長さんですか、呼ばれて、何てことですかって、大分言われたことを昨日のような気がしております。ただ、そうは言いましても、まだ5市2町のどこということに決めたわけでないからと言うことを帰り際に言ってくれたんです、その部長が。と言いますのは、まだ決めてないからね、帰って頑張りなさいということかなあということで、これ私が判断したんですが、担当課長も一緒でしたから。それから直後、例の町民の皆さんの各団体の皆さんの総力を挙げて、コミュニティながいずみで決起大会をやらせていただいたのは、ご存じのとおりだと思います。ということで、あれから又、好転しまして、結果的には時間がかかりましたけど、何か、選定委員の皆さんも静大の学長  さんを委員長として、5市2町の候補地という所をつぶさに見に来たそうでございます。その結果が、やあ、長泉町が一番、知事の言う条件にも、委員の皆さんが見ても一番いい所だなあということで、平成8年3月に結果的には知事が決めてくれたということになりますね。それから、運動公園をさてどうするんだというような話に移ったわけでございます。今、申しましたとおりお蔭で、がんセンターがこの年内12月に入りましたけど、半ばに例のあれだけの敷地の広い面積でございますので、まず最初に、防災上の調整池の入札に入ると、近々ね。というように私も伺っております。ようやくそこまで来たかと。その後が3段階に分けての造成工事の入札に入るということでございます。今、聞いた話ですと、来年の秋ごろまでには造成が終わって、具体的な建物の方の工事に入るぞということのお話を伺っているわけでございます。誰よりも、私が今の構想ですと、11階建てのがんセンターというふうに伺ってますので、1日も早い竣工を心待ちに私自身もしているわけでございます。したがって運動公園の問題で、今いろいろ問題が出ているわけです。それも、これもがんセンターのことを考えると、仕方がないぞ、私自身がね、そう考えてます。ただ、町民の皆さんは私ほど、がんセンターを決めた当時の事情が分かっていないわけでございますので、今になると運動公園の話題がパッと多く出まして、まあ、がんセンターが近々着工なんてことはおそらく町民の皆さんで知っている方は極一部だということに考えます。したがって、これから運動公園、早くには運動場と言いましたね。ただ何故、公園にしたかというのは、この運動場の話題が出ますと町民から大変、皆さんの所へも反響が行ったと思いますが、私の方へもピンピンと返ってきたですね。ただ、俗に言うスポーツグランドだけでは、本当にスポーツに親しんでいらっしゃる方だけの運動場じゃあないのかと。小さい子供、私よく言ってますが、芝生の上へ転がして、その近くでお母さん方が眺めているような微笑ましい光景を頭に置きながら、と言うことになりますと、運動公園ということにならなければならないわけでございます。そんなことで、関係者とも相談しながらということになりますが、最終的に考えなければならないのは勿論、私でございます。ということで、今まで進めてきたわけでございます。駿河平の皆さんにもいろいろご苦労かけていますけどね、その点については長年のことで全く申し訳ないなとは思う筋はあるんですが。何れにしても総合運動公園はそういうことで造らなきゃあなんない。ただ言えることは今、ホッケー会場を桃沢とかね、中土狩という話をしてますが、もともと新しい運動場、今は公園がなぜ新しく計画しなきゃあならなくなったかというのは、ご存じの中土狩グランドへ都市計画道路の池田柊線、これが進むよと。その経過については担当課長から縷々ご説明してあるわけでございますが、中土狩グランドにつきましては、まだ来年、こう使えなくなるということじゃあないわけですね。だから、ゆっくりやってていいということには繋がりませんが。したがって、ホッケー会場は今の言った両グランドのどちらかということで、近い将来決めなければならないわけでございますので、いろいろ皆さんが町長のやり方について不安を感ずるとか、と言うような質問もいただきました。しかしながら前向きにやらなきゃあならないことは事実ですね。ということでございますので、全く最初の八木議員からの質問で、今日11人目の最後の質問になりますが、いずれも大きな事業に対する質問ばかりですね。ですから、私としては当然のことですが、前向きに進める以外にないなあということで考えておりますので、こんな財政的に厳しい時代へ入って、尚且つ、やらなきゃあならない大きな事業が一杯でございますので、考えによってはこれは大変な時期に入ったなということはしみじみ考えてはいますけど。泣きごとは、泣いてはいられないわけでございますので、あくまでも前向きに進めさせていただくということをひとつお話させていただいて、これからもいろいろの角度でご支援いただかなければならないわけですね。改めて申し上げるまでもないですが、こういった一般質問・その他、厳しいご意見をしてくれることは結構でございます。結論が出たらば、いつも申し上げていることと、お願いしているとおり、車の両輪ということで、ご協力いただきたいと思います。とかく、そうばっかもしてくれないなあと言う考え方を私、持っている面もあるわけでございます。その辺は是非ひとつ、よろしくお願いを申し上げまして、答弁ということにさせていただきます。

Copyright(C) 1997  長泉町役場 議会事務局 E-mail:gikai@nagaizumi.org
Last Update 1999. 8. 1