1番(安斎)
長泉高等学校の将来と地元長泉町の役割について、と題して質問してまいります。この質問の題材をやろうと思ったのは、実は現状の社会問題でございます少子化問題、そしてこれらの質を問われていく時代がやってまいります。我が長泉町にとって実は地域の活性化ということの中で頑張っている自治体の一つという中で、この長泉高等学校の誘致というものがございました。実は、この初心にかえりという話をこれからするわけでありますが、地元、長泉高校の誘致から現在に至るところをもう一度考えてみようじゃあないかということであります。そして実は、この10月から新教育長であります土屋教育長が就任をされました。実力と実務があるというふうに聞き及んでおりまして、この新教育長を中心に是非この題材を取り組んでいただいて、何とか、ひとつ素晴らしい高等学校に地元としてやらないだろうかということをこれからお願いをし、質問をしてまいります。実は、9内容に分けまして質問をしてまいります。まず、第1点でありますけども、長高の生徒の現状についてであります。その1として、長高の誘致と地元との関わりの整理について、これからそのお考えと内容について、町長並びに教育長に所見を伺いたいというふうに思うわけでありますが。ご存じのように長高は県が第二次生徒急増後半期高等学校整備計画という一環として、県東部の三島・田方学区内に新設する計画が打ち出されまして、昭和56年より三島・田方・長泉地区の壮烈な誘致合戦を繰り広げました。実は私も昭和56年に初議員になりまして、はじめての一般質問の中でも誘致の熱い思いを述べさせていただいたことを思い出すわけであります。何としても、この町に、議会も、この町内への誘致を展開をしたものであります。そして、念願叶いまして昭和57年の12月に長泉町の下長窪の現在の地に決定をされ、北部地域の非常に大きな活性化となりました。第1期生はご存じのように昭和60年の4月に7学級で
315名の定員でスタートいたしまして、長泉町両中学校ありますね、北中・長中ありますが、両中学校よりも多数の生徒が入学をされましてスタートいたしました。それから現在14年を経過しようとしているわけであります。まず、町長にお尋ねをします。長高の、おそらく町長はその時に総務課長でしたですね。長高の誘致時と現在の自分が町長とされて、思われている関わりについて、お考えを聞いて、そして教育長より、これからの長高への関わりについての新しい就任された教育長としのお考えを聞きたい。こういうことであります。
議長(遠藤)
町長。
町長
それでは、安斎議員の今の質問にお答えさせていただきます。今、まさに言われたとおり、安斎議員の言われます県教育委員会が昭和56年度から進めてきた後期県立高校整備計画の最後の新設校ということになったわけでございますが、
103番目の県立高校ということになるわけでございます。今お話のございました長泉町民の皆さんが永年待ち望んでおりました設立誘致してきた高校ということになるわけですが、長泉町に新設を決定しますと県から喜ばしい知らせをいただいたのが、今お話のございます昭和57年12月27日であったと記憶しております。新設高校は町民の永年の熱意が実ったということになりますが、昭和60年度開校、三島・田方学区では最大規模の学校ということで、今お話の出ました1学年10クラス、当時1クラス45名ということでございましたので、
450人の定員ということで地元長泉町として、学校環境の素晴らしい現在地、これを選定、施設整備等の充実も強く要求して、地元の子供たちが充実した高校生活が送れているということになってきたわけでございます。当時から大変大きな期待が町にも溢れておりましたし、私は開校時と長泉高校に寄せられる思いは現在でも何ら変わっていないわけでございます。いうなれば更なる充実、発展を願っているわけでございます。安斎議員の言われますのは、この後がどうかということの問題に移るわけでございますが、その辺りからは教育長の問題になりますので、ひとつお願いしたいわけでございますが。くどいようでございますが、当時の勢いを更に充実させて、素晴らしい長泉高校に尚一層発展されることを願っているということにつきましては、今も同じでございますので、答弁になりますかどうか分かりませんが、私の気持ちということで、ひとつご理解をいただきたいと思います。
議長(遠藤)
教育長。
教育長
安斎議員のご質問は教育長、これからどう関わっていくかと、こういうご質問でございますが。お答えを申し上げます。私は地元の学校、寧ろ土地の学校でございます。したがって義務教育ということと、高校教育という立場をおさえて、深い連携を保っていきたい。このように考えます。ただ、私達の町には私立の三島高校がございます。三島高校についても同じ考えで進みたいと思います。昭和30年代の後半、そして40年代・50年代の全般は、この静岡県東部、特に三島・田方、そしてこの清水・長泉の南駿地区の人口は急増いたしました。ご存じのように、私どもの町は昭和35年に町政が施行されました。人口は1万
5,000、それが15年経った時が49年・50年、15年で人口は倍増いたしました。丁度、3万でございます。そして三島市、この南駿両町1市2町の新設校を見てみますと、小学校は9校の新設校が生まれました。中学校は5校生まれました。合わせて15校の新しい学校がこの三島・清水・長泉地区に生まれたわけでございます。ここで、この義務教育を過ごした子供達がやがて高校へ進んでまいります。そして、巻き起こったのが高校誘致合戦でございます。安斎議員の言われるとおりでございます。そして、田方の韮山地区に現在の伊豆中央高校、そしてこの長泉に私達の地元の長泉高校、北駿に小山高校と。これが生まれたわけでございます。私も丁度現職の教員でございましたので、校長会や教職員組合あるいはPTAその他諸団体等の方々と一緒に三島の駅や広小路の駅に立ちまして、署名運動や県教育委員会高校教育課の方に要請活動を展開いたしました。そして、その中で私はどうかひとつ三島・田方の北部の方へできないだろうか。こんな記憶がございます。そうしたところが私の住まいの町内の中に高等学校ができるということになりました。喜びと驚きは一杯でございました。そんな記憶が私の頭の中にございます。そういう学校でございますから、これからどう関わっていくかと。こういうご質問でございますが。私達は町内の学校でございます。特に、長泉高校は公立学校を誘致したわけでございます。したがって、子供たちはもとより、町民、長泉高校なくして生活はできません。日々、毎日係わっていかなければならないと。そういう中で、私はこの長泉町の教育を進めて行く責任を期待したわけでございますので、積極的に関わっていきたいと、こういうように申し上げます。
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Last Update 1999. 8. 1